Survivor
SONG | YEAR | RANK | |
Is This Love | 1987 | 78 | |
Burning Heart | 1986 | 8 | |
The Search Is Over | 1985 | 48 | |
I Can't Hold Back | 1985 | 73 | |
Eye Of The Tiger | 1982 | 2 |
About Survivor
サバイバー(Survivor)は、アメリカ合衆国のロック・バンド。
『ロッキー3』の主題歌「アイ・オブ・ザ・タイガー」の世界的ヒットで知られる。
1977年シカゴで結成、1979年デビュー。
ブラス・ロック・バンド、「アイズ・オヴ・マーチ」の元メンバー、ジム・ピートリック(1950年イリノイ州生れ)が「チェイス」の元メンバーであったデニス・ジョンソンとゲイリー・スミスを誘って結成したグループ。
(ちなみに、デニスとゲイリーはファーストアルバム『Survivor』発表後に脱退している為、映画『ロッキー3』のテーマ「アイ・オブ・ザ・タイガー」がヒットした時期には在籍していない)。
他のメンバーもサバイバー結成以前から活動していた、バンド名の通りアメリカン・ロックの「生存者、生き残り」たちである。
作風は一作目から一貫してハスキーなヴォーカルが特徴のポップでメロディアスなハードロックである。
当初はセールスに恵まれなかったが、1982年にシルベスター・スタローンの依頼により作曲したアメリカ映画『ロッキー3』の主題歌「アイ・オブ・ザ・タイガー」が全米で6週連続1位という大ヒットを記録した。
同曲を収録したアルバム『アイ・オブ・ザ・タイガー』も最高位2位まで上った。
1980年代前半当時に隆盛を誇っていた産業ロックのバンドのひとつに数えられ、1985年には映画『ロッキー4/炎の友情』の主題歌「バーニング・ハート」もヒットさせている。
ちなみにこの曲は、ボクシングの亀田興毅とオリックス・バファローズの小松聖投手が自らの選手登場曲として使用している。
活動のピークは、ヴォーカリストが喉を傷めてバンドを去ったデイヴ・ビックラー(1953年ノースダコタ州生れ、元・ジェイムスタウン・マサカー、マライア)から2代目のジミ・ジェイミソン(1951年ミシシッピ州生れ、元・ターゲット、コブラ)へと代わった1980年代中盤であり、その時期に「バーニング・ハート」を始め4曲のトップ10ヒットを放ち、ロン・ネヴィソンによるプロデュースの下でリリースしたアルバム"Vital Signs"、"When Seconds Count"の2作も好セールスを記録した。
1980年代後半、音楽性がヘヴィな方向に変化しセールスが落ち込んでくると、実質的にジミ、フランキー・サリバン(1955年シカゴ生れ、ギター、元・マライア)、ジム・ピートリック(キーボード&ギター)のトリオとなる(ベース、ドラムスが流動的メンバーとなる)。
その後はバンド活動が停滞しメンバーのソロ活動が目立つようになった。
特に1989年 - 1993年の間はバンドとしての活動は完全に休止し解散状態であった。
その後デイヴが復帰するも新作のリリースはなく、1999年にはジミ・ジェイミソンズ・サバイバーの名でアルバム"Empires"を発表し復活したかのように見えたが、これも実際はサバイバーの名を使ってツアーを続けていたジミの2作目のソロ作品であった。
サバイバー本体(結成時からの一貫したメンバーであるフランキー・サリバン)からジミに対してバンド名の使用を巡り訴訟が起こされていたが、同作発表後フランキーがサバイバー名義の所有権を得たことで決着が付き、アルバムもジミのソロ名義に変更された。
ジム・ピートリックも1996年にバンドを離れ、2000年代はソロ・プロジェクトのプライド・オブ・ライオンズに専念している。
しかし2006年、18年振りにフランキー・サリバンのプロデュースでオリジナルアルバム"Reach"を発表(ただしジム・ピートリックが作曲でのみ参加)、現在も活動を続けている。
アルバム"Reach"でもヴォーカリストはジミ・ジェイミソンであったが、同作発表後脱退、後任をロビン・マッコーリーが務めていた。
2008年、ジミ・ジェイミソンがジム・ピートリックと組んで3作目となるソロアルバム"Crossroads Moment"を発表、こちらも、もう1つのサバイバー復活作品として好評価を得た(ただし、サバイバーの名義は上記の経緯から1999年以降フランキー・サリバンが所有権を取得している為、彼が参加しないプロジェクト・ユニットが使用することはできない)。
2012年のツアーから、再度、ヴォーカリストにジミ・ジェイミソンが復帰している。
ウィキペディアより抜粋