Neil Sedaka
SONG | YEAR | LANK | |
Should've Never Let You Go | 1980 | 77 | & Dara Sedaka |
Laughter In The Rain | 1975 | 8 | |
Bad Blood | 1975 | 93 | |
Breaking Up Is Hard to Do | 1962 | 15 | |
Calendar Girl | 1961 | 33 | |
Stairway to Heaven | 1960 | 76 |
About Neil Sedaka
ニール・セダカ(Neil Sedaka, 1939年3月13日 - )は、アメリカ合衆国のポピュラー音楽のシンガーソングライター。ニューヨーク州ブルックリン出身。
父はトルコのイズミルから移民したユダヤ系のタクシー運転手、母はポーランド・ロシア系ユダヤ移民。娘は歌手のダラ・セダカ(デラ・セダカ)。
セダカは幼少期からピアノを習い、同じアパートに住んでいた作詞家ハワード・グリーンフィールドと共同で曲を作り始めた。高校時代には友人たちとポップ・グループ、トーケンズを結成(ニール脱退後「ライオンは寝ている」がヒット)、その後はジュリアード音楽院で学ぶ。
1958年にコニー・フランシスのために作った「間抜けなキューピッド」が成功を収め注目される。同年にRCAレコードとソロ歌手として契約を結び「おお!キャロル」、「カレンダー・ガール」、「すてきな16才」、「悲しき慕情」などを次々とチャート・インさせ、ポール・アンカと並ぶ全米のトップアイドルとなった。
なお、「恋の片道切符」は、歌詞中に「Bye Bye Love」(エヴァリー・ブラザーズ)「Lonely Teardrop」(ジャッキー・ウィルソン)「Lonesome Town」(リッキー・ネルソン)「Heartbreak Hotel」「A Fool Such As I」(ともにエルヴィス・プレスリー)などの当時の全米ポップヒットの題名を織り込んでいることからもわかる通り、もともとは「おお!キャロル」のカップリング用に埋め草として録音された曲で、作曲もセダカではないが、哀愁に満ちたメロディと声質が日本人の心を掴んだため、日本ではこの曲が一番のヒットとなった。
レコード会社を移籍後、ビートルズアメリカ上陸の影響を受け、しばらく低迷期を過ごすが、1974年には「雨に微笑みを」、エルトン・ジョンと組んだ「バッド・ブラッド」が再び全米No.1となった。
キャプテン&テニールに提供した「愛ある限り」も大ヒットを記録し、完全復活を果たした。
この様に才能と実績があるにもかかわらず米国の芸能界は厳しい様で、低迷期には他のスターの前座やドサ廻りをやったりと浮き沈みの大きい人生である。
代表曲の「おお!キャロル」のキャロルとは当時ガール・フレンドだったというキャロル・キングのこと。
彼の曲は米国でもヒットしたが、日本人受けがするのか、ほとんどの曲に邦題がついている。
ハリウッド・ウォーク・オブ・フェームとLong Island Music Hall of Fameに名前が刻まれている。
1985年に、TVアニメ『機動戦士Ζガンダム』にOPとEDとして曲を提供する(森口博子のデビュー曲「水の星へ愛をこめて」など)。尚、原(英)語版音源が存在する他の『Zガンダム』への二ール提供曲と違い、この曲『水の星へ愛を込めて』のみ原(英)語版音源は存在しない(英語題は存在するものの)。
- 担当楽器 ボーカル、ピアノ
- 活動期間 1955年 -
- 公式サイト http://www.neilsedaka.com/
ウィキペディアより抜粋